バスラと新型コロナの話

本音を言うと中止か延期にしてほしかった。開催する時点で世間的な印象が悪そうだし、最悪のことが起きた場合、「新たに感染が発覚した男性は、2月21日から2月24日まで愛知県内で開催されたアイドルグループのコンサートに参加しており...」なんて報道されたら、自分の好きなアイドルグループさんが社会的信用を失うからだ。

「大規模イベントを中止にしても満員電車をなんとかしないと意味がないだろ」なんて意見がTwitterでバズっていたが、正直そのあたりの議論はどうでもいい。

 

ただ、決行せざるを得なかったとも思う。

去年の夏にも台風の影響で全国ツアーの大阪2日目が中止になった。しかし、その時とは状況が異なる。悪天候による中止と違って、伝染病の流行による中止の場合、興行中止保険が適用されない可能性が高いらしい。

シンプルに一人10,000円×5万人×4日間で計算すると、チケットの売上だけで20億円くらいの大規模イベントである。保険が適用されない状況下でそれを中止にして、チケット代を全額返金というのはあまり現実的ではない。

一般ランナーの参加を取りやめた東京マラソンも同様の事情で保険が適用されず、準備段階で既に費用を投じてしまったという理由で、参加費を返金しないらしい。

さらに言うと、この週末は大阪のドームでEXILEが、福岡のドームでBLACKPINKがライブを決行している。他所でもやってるからOKというわけではないが、乃木坂だけお金を捨てて中止にする必要はなかった。たぶん。

延期にして、また4日間ドーム球場を借りるのも難しいと思う。これから野球のシーズンが始まるし、五輪も控えている。

上記の理由から、ライブ決行の判断が誤っていたとは思わない。厚生労働省が出す「大規模イベント開催の判断に関する指針」とやらの内容次第では...なんてことも考えていたが、蓋を開ければ何の意味も無い指針だった。

 

今回の新型コロナ対応について自分が指摘したいのは、下記2点だ。

①運営会社はかなり早い段階で「ライブ参加を通じて感染が拡大するリスク」を自ら説いていた。

②それにも関わらず、有効な感染防止策を講じることなく、積極的な情報発信を行わなかった。

①は事実だが、②はかなり主観が入っている。

①と②に分けて説明する。

 

①中国のファンに向けて発信していたメッセージ

中国には乃木坂のファンがたくさんおり、上海のメルセデス・ベンツアリーナで2年連続ライブを行っている。すごい。ちなみに昨年はなんと2日間開催だった。1日目のスタンド席はガラガラだったが、その話はまた今度。

そんなわけで乃木坂は昨年末、ついに中国会員サイトを設立した。年会費は350元(約5,600円)と結構高い。目玉はライブの応募権と中国ファン限定イベント(ファンミーティング等)の応募権だ。ちなみに日本に住んでいる日本人が入会するのはほぼ無理なので、今ちょっと悪いことを考えた人は諦めてほしい。

今回のバスラで初めてこの中国会員向け先行抽選枠が導入された。中国人の熱心なファンはこんな枠ができる前から日本までライブを見に来ていたわけだが、それがもっと増えることになりそうだった。枠の数はわからない。余談だが、この抽選は日本国内でのモバイル会員向け抽選より早く、先行 of 先行である。会費が高いだけのことはある。

そして抽選は無事に終わり、当選者はお金を支払い終えた。不幸なことに、このタイミングで新型コロナの問題が発生した。

しかし、その後の運営会社の対応は迅速だった。1月31日にはチケット販売を中止する旨の通知があり、2月12日までに返金が完了したらしい。

その通知の追加QAの中に気になる記述があった。日本語に訳すとこんな感じだ。

Q:なぜ希望者のみではなく、全ての当選を取消にしたのでしょうか?

A:現在、感染症の流行状況が複雑化しており、無症状で感染が確認されるケースも出ています。私たちは希望者以外の会員の中に一人も感染が疑われる方や発熱している方がいないと保証することができません。一人でも感染者がいた場合、バス、飛行機、ライブ会場等の密閉された空間で、ライブを見に来た会員の方々に予測不能な被害が出てしまいます。皆さまの健康と安全を守る観点から、私たちは全ての当選を取り消すことを決めました。

「一人でも感染者がいた場合」「予測不能な被害が」などとかなり踏み込んだ内容で危険性を説いている。これなら中国のファンも納得したことだろう。

このように、運営会社はかなり早い段階で「ライブ参加を通じて感染が拡大するリスク」について自ら説いていた。

なお、通知の原文は下記のURLから見ることができる。

www.nogizaka46-cn.com

 

②無策・沈黙

その後、日本各地で確認された感染者の数が増え始めると、日本のファンの間でも「バスラは開催できるのか」という不安の声が上がり始めた。

開催日が近づくにつれ、Twitterの検索欄に「バスラ」と入れると、「バスラ 中止」「バスラ コロナ」といった不穏な言葉の組み合わせばかりサジェストされるようになった。余談だが、一部では「中国から帰ってきた後ずっと咳き込んでいる留学生が、バスラに行くと言っている」という真偽不明のツイートが拡散され、魔女狩りが始まる一歩手前のような雰囲気すらあった。

コロナ対策について運営会社が初めて発信を行ったのは、ライブが始まる3日前のことで、媒体は意外なことに、Twitter乃木坂46オフィシャルグッズ【公式】アカウントだった。ライブグッズの会場前日販売について、絵文字付きのハイテンションな(つまり、いつもどおりの)文章に、メモ帳のスクリーンショットのような画像が添付されていた。

自分は感染症の専門家ではないので、この対策が十分か否かという評価はできない。

ただ、正直無策だと思った。自ら危険性を説いておきながら、中国会員向けチケットをキャンセルした後の三週間、国内の感染者が増えていく中で、一体何を考えてきたのだろうか、と。入場時に体温検査をして明らかに高熱の人は入場をお断りするとか、不安な人には返金対応するとか、もう少し踏み込んだ対策を期待していただけに、失望した。「一人でも感染者がいた場合、バス、飛行機、ライブ会場等の密閉された空間で、ライブを見に来た会員の方々に予測不能な被害が出てしまいます。」というのは、中国のファンを納得させるための大げさな文句だったのか。

翌日、公式サイトでも注意喚起がなされたが、いつもライブの2日くらい前に出している荷物検査等に関するテンプレの注意事項の中に、前日に発表したものと同じ文面が追加されているだけだった。

最後まで「とりあえず注意喚起はしましたよ」という既成事実を作るだけで、人を守ろうという意識が感じられなかった。

ちなみに、自分は今回ライブ会場に行っていないので、現場の雰囲気は知らない。

 

ここまで好き勝手書いてきたが、金、土とライブに行った人のツイートを見ていると、めちゃくちゃ楽しいライブなのが伝わってきて正直とても羨ましい。残り2日間も素晴らしいライブになることを願っている。

ただ、4日間のライブが終わった後に「最高のライブだったから、コロナを乗り越えて無事開催されてよかった」みたいな感じで風化されてほしくない。ライブの内容の良し悪しと感染対策の問題は分けて語られるべきだと思う。

 

おわり